万物が私たちを育んでくれたように、私たちは万物に感謝の祈りを捧げませんか?
祈りがなんの役に立つのか、見える利益にはならないでしょう。
でも、多くの人々が伝えているように、大切なものは見えないのかもしれません。
日本人は深くそのことを知っていました。
お天道様が見ているから正しいことをし、戦をすれば負けて散った人たちのために祈りました。
ことばに魂が宿り、それまでは不可能だったことを成し遂げることがあることを感覚的に知っていました。
それは生活のなかでのささやかな祈りが関わっていたでしょう。
出かけるときに火打石を打ってもらい、朝露のわずかな水を大切に祀り、旅立ちにははなむけをして、時代ごとにさまざまな祈りを捧げてきました。
科学的ではありません。でも、心の問題だけでもないでしょう。

